Calm daily life





 ― 焼肉 ―

 太陽の日差しが容赦なく降り注ぐ午後の業務。
 護廷十三隊十三番隊平隊士、葵雪夜は、書類を持って五番隊を目指し、歩いていた。
 額から流れる大量の汗。
 もう、異常なまでに、

「…………あづい」

 なるべく日陰の中を歩き、タオルで流れる汗を拭く。
 あづい、あづい、あづい、あづい。
 このままではリアルに焼肉になってしまう。
 さっさと届ける為に瞬歩を使いたいところだが、書類が吹っ飛んでしまう為、使用できない。

(早く届けて、帰りは瞬歩で帰ろう……)

 雪夜はそんなことを考えながら、少しだけ足早に五番隊を目指した。




「…………」

 五番隊まであと少しという所で、雪夜は焼肉を見付けた。
 いや、正確には太陽の日差しで熱せられた地面にうつ伏せに倒れている、どことなく見覚えのある女性である。
 黒い髪を後頭部で団子状にし、左腕には五の文字が書かれた副官章。
 目の前でリアルに焼肉になっている女性は、五番隊副隊長、雛森桃であった。

「雛森さん大丈夫!?」

 雪夜はそう言いながら、焼肉になっている雛森へと駆け寄った。

「う……うぅ……」

 呻く雛森。
 まだ完全に焼かれてはいないらしい。
 雪夜は近くの日陰に書類を置いてから、雛森を抱え、その日陰へと運んでいった。
 ゆっくりと仰向けに寝かす。
 可愛らしい顔には、焦げ目は付いていなかった。

「熱中症かな?」

 雪夜は自分が使っていたタオルを雛森の額に置きながら呟く。
 たしかに今日の気温と日差しの強さなら、熱中症で倒れてしまってもおかしくない。
 それにしても、ここまで来る途中に焼肉にはならないなんて誓っていたが、まさか焼肉になっている者を発見するとは……。

「はは……」

 雪夜は思わず苦笑した。




 □ □ □




「う……うぅん……」

 雛森はちょっと色っぽい声を出しながら、ゆっくりと目を開けた。
 ぼやける視界。
 目の前に誰かがいるけれど、いったい誰なのかが分からない。
 徐々に視界が正常に戻っていく。
 目の前にいるのは、白髪で中性的な顔立ちをした、見知った青年。
 十三番隊平隊士、葵雪夜がいた。

「……雪夜……君……?」

 雛森がそう言うと、雪夜は雛森を見て、微笑んだ。
 その微笑んだ顔が本当に綺麗で、雛森は思わず顔を赤くする。

「良かった、気が付いたんだ」

 雪夜はそう言って、ホッと安堵の息を吐く。

「起きれる?」

 言って、手を差し伸べてくる雪夜。
 その雪夜の言葉を聞いて、雛森は初めて自分が横になっていることに気が付いた。
 う、うん、と言って、雛森は雪夜の手を取り、起こしてもらう。

「私……いったい……」

 いったい自分の身に何があったのだろうか?
 雛森は考える。
 書類を届けに十三番隊に向かっていたのは覚えているのだが……。

「雛森さん、焼肉になっていたんだよ」

「そう……なんだ。私焼肉に……焼肉?」

 自分が焼肉になっていたとはどういうことか。
 雛森が頭に「?」を浮かべていると、雪夜が苦笑しながら言った。

「ほら、太陽の日差しで地面が鉄板みたいでしょ?」

 日向の方を見てみる。
 たしかに、鉄板に見えてきた。
 自分はあんなところに倒れていたのか、と雛森は顔を青くする。

「そうそう、散らばってた書類は回収しといたよ」

「あ、ありがとう。この書類、十三番隊に持っていくところだったんだ」

 雪夜から受け取った書類を抱きしめながら、雛森は言った。
 本当なら三席の人が持っていく予定だった書類。
 十三番隊の誰かに会いたくて譲ってもらった書類。
 その人物は今、目の前にいる。

「そうなんだ。僕は五番隊に書類を持っていく途中だったんだよ」

 笑みを浮かべながら言う雪夜。
 気温の所為ではなく、雛森の顔が赤くなる。

「顔赤いけど大丈夫? 五番隊まで送っていこうか?」

「え、あ、だ、大丈夫だよ!! うん、ほら、こんなに元気だし!!」

 何故かシャドーボクシングを始める雛森。
 雪夜は、え、あ、そう? なんて、ちょっと引き気味であった。
 雪夜にちょっと引かれてしまったことにショックを受けた雛森は、へにゃりとその場に膝を付いた。

「ちょ、雛森さん!?」

「え、あ、大丈夫だよ……」

 雛森は引かれたことにショックを受けているわけであるが、雪夜にそんなことが分かるはずはない。
 さっきまで倒れていた少女が無理をしているようにしか映らないのである。

「ほら、書類は僕が持つから、一緒に五番隊に行こう? ん? 四番隊か?」

 四番隊は医療関係専門の隊である。
 故に、焼に……熱中症患者を連れて行くならば、五番隊に戻るのではなく、四番隊である。

「だ、大丈夫だよ!! 本当だよ!! 大丈夫なんだからね!!」

 雛森は雪夜が持っている五番隊への書類をひったくると、十三番隊への書類を渡して、脱兎の如く走っていった。
 残された雪夜は本当に大丈夫なのか心配であったが、雛森の姿が見えなくなってしまったので、諦めて十三番隊へと戻ることにした。




 一方、走り去った雛森であるが、

「四番隊って言ったら医療専門の隊。医療といったらお医者さん。お、お医者さんごっこ!?」

 ブバッ!! と雛森の鼻から鼻血が噴き出した。
 なんという連想力。
 そして妄想力であろうか。
 やっぱり四番隊に行った方が良かったかもしれない。
 雛森の帰りが遅いと心配して探しに来た三席が雛森を発見した時には、時既に遅し、真っ赤なソースに漬かった焼肉になっていたそうな。