Calm daily life
― 戦闘狂とお義兄様 −
「いーーーーーやーーーーー!!」
昼の瀞霊廷を、護廷十三隊十三番隊平隊士、葵雪夜が絶叫しながら全力で走っていた。
擦れ違う人々が何事だと雪夜の後ろを見ると、顔を青くしながら納得し、雪夜が走り過ぎていった方へと手を合せるのだった。
いったい雪夜は何で絶叫しながら全力で走っているのだろうか?
原因は、雪夜の後ろを、不気味な笑みを浮かべながら走っている人物にあった。
雪夜の後ろを走るその人物は、
「待てコラ、雪夜!!」
ツンツン頭に鈴を付けた、護廷十三隊最凶の戦闘狂、十一番隊隊長、更木剣八である。
ちなみにその肩には、
「ハハハ!! 雪りん待てー!! ハハハ!!」
十一番隊副隊長、草鹿やちるの姿があった。
「オラ雪夜!! 俺と戦え!!」
「戦え戦えー!!」
剣八がぼろぼろの斬魄刀を振り回しながら、前を全力疾走している雪夜へと叫ぶ。
雪夜が絶叫しながら全力で走っている理由。
それは、剣八に戦いを申し込まれたからである。
もちろん一方的に。
そりゃ、剣八に戦いを挑まれたら、剣八並みの戦闘狂でなければ雪夜の様に絶叫しながら全力で逃げるだろう。
だって死にたくないもん。
「誰か助けてーーーーー!!」
この状況を助けてくれる人物など、この瀞霊廷には基本存在しない。
今まで我慢していたが、雪夜の目から涙が溢れ出した。
何故十三番隊の平隊士に剣八は戦いを挑んだのか。
それは、数日前に雪夜が二番隊隊長である砕蜂を叩きのめした、という噂が広まったからである。
その噂はもちろん剣八の耳にも入り、そんな隊長クラスの実力を持った平隊士と戦ってみたい、と興奮しだし、本日偶々会った雪夜に戦いを挑んだのである。
まぁ、事実は砕蜂の自滅だったりするのだが。
「雪夜!! 俺と戦え!! 戦って俺を楽しませろ!!」
「楽しませろー!!」
全力全開でお断りします!!
雪夜は泣きながら走る。
しかし、
「――――えっ!?」
どこから転がってきたのか、雪夜の足元に小石が現れた。
「へぶっ!!」
小石を踏み、見事に転んでしまった雪夜。
それを見ていた周囲の人々が、一斉に雪夜に向かって合掌した。
え、ちょっと、誰か助けてよ!!
雪夜は周囲を見渡し助けを求めるが、人々は目を逸らし、その場を離れていった。
なんという薄情な者達なのだろうか。
「行くぜ、雪夜!!」
追いついた剣八が斬魄刀を振り上げる。
あ、僕死んだわ……。
雪夜がそう思い、目を瞑った、その時だった。
「こんなところで何をしている」
静かな声が、雪夜の耳に届いた。
直後、鉄と鉄とがぶつかる甲高い音が周囲に響く。
雪夜は恐る恐る目を開けた。
そこには、
「く、朽木隊長!!」
普段は近寄りがたい、六番隊の隊長さん、朽木白哉がそこにいた。
「何だテメェ、邪魔すんなよ、オイ」
これから始まるはずだった(一方的な)戦いを邪魔された剣八が、獣の様な眼光で白哉を睨む。
白哉は、知るかそんなもの、みたいな感じで剣八の眼光を受け流し、雪夜を見た。
ガタガタと震えながら、ボロボロと涙を流し、白哉を上目遣いで見ている。
「――――」
白哉の中を、何か凄まじい物が走った。
(――――か、可愛い)
普段と同じ無表情とも取れる表情で、決して口には出さないが、白夜は雪夜の顔を見て、そんなことを思ってしまった。
さりげに頬が薄くピンクに染まっている。
「オイ、さっさと退けよテメェ」
イラついた剣八の声が、何処かへと旅立とうとしていた白哉の意識を引き戻す。
「た、助けてください、朽木隊長!!」
涙を流した上目遣いに、助けを求める声。
白哉の中で、何かのスイッチがカチリと入った。
「私の妹に、手を出すな!!」
白哉が剣八に向かって吼えた。
白哉にしては珍しく、その表情は怒りの色に染まっていた。
だが、
「――――」
「――――」
「――――」
白哉以外の剣八、やちる、雪夜の3人は、ザ・ワ……時が止まっていた。
さりげに3人とも、きょとんとした表情で止まっている。
今、朽木白哉は何かおかしい事を言わなかったか?
3人の脳裏に、同じ疑問が浮かんだ。
「――――今、何て言った?」
3人を代表して、剣八が白哉に聞く。
すると白哉は、
「私の妹に手を出すなといったのだ」
と、怒りを含んだ言い方で言った。
3人の脳裏に、”!!”が浮かんだ。
特に雪夜の頭には、他の2人よりも多めに浮かんだ。
そう、いつのまにか雪夜は、妹にされていたのだ。
それも白哉の。
確かに雪夜の顔は中性的で、ガタガタと震え、ボロボロと涙を流しながら上目遣いをされたら、女性に見えなくも無い。
見えなくも無いのだが……。
「プッ、ハハハハハハハハハ!!」
剣八が噴き出し、笑い始めた。
それにつられ、やちるも笑い出す。
「あ〜あ、戦う気が失せちまったぜ。まぁ、良いもん見れたからいいか!! ハハハハハ」
ぼろぼろの斬魄刀を肩に乗せ、剣八とやちるは笑いながら去っていった。
いったい何が面白かったのか、呆然と去っていった剣八を見続ける白哉。
そして、そんな白哉を呆然と見続ける雪夜。
ふと、雪夜のことを思い出した白哉が、雪夜に手を差し出し、立たせる。
「……大丈夫か?」
「あ、はい、ありがとうございます」
雪夜はそう言って、頭を下げた。
「――――」
「――――」
黙る2人。
「あ、あの……」
雪夜が何かを思い出したように白哉に話しかける。
雪夜は言おうか言うまいか少し悩み、やっぱり言っておかないとヤバイよな、なんて思いながら言った。
「僕、男ですから」
言って、もう1度頭を下げ、その場を走って去っていった。
1人残された白哉。
雪夜はいったい何故あのようなことを言ったのか考え、そして自分が言った言葉を思い出した。
「――――」
白哉は1人、顔を赤く染めながら、その場に立ち尽くすのだった。
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