Calm daily life





 ― 夜の散歩 ―

「――――」

 ふと、葵雪夜は目を覚ました。
 枕元に置いてある時計を見ると、寝始めてからまだ2時間程しか経っていない。
 もう一度寝ようと目を瞑る。
 しかし、

「……………………寝れない」

 目が冴えてしまっている。
 このままでは当分寝れそうにない。
 だが、それは困る。
 明日が休暇ならいいのだが、残念ながら仕事だ。
 このままでは明日の仕事に支障をきたしてしまう為、何とかして寝なければならない。

「……………………」

 どうしようか考える。
 すると、ふと、障子の隙間から何かが見えた。
 雪夜は起き上がり、スッと障子を開ける。

「――――あ」

 障子の隙間から見えたモノ。
 それは、満天の星空に浮かぶ、黄色い満月だった。
 まともに夜空を見るのは、どれくらいぶりだろう……。
 そう雪夜は思った。

「――――そうだ、散歩でもしよう」

 せっかくの満月。
 このまま布団に潜って寝ようと努力するのは、なんだか勿体無い気がする。
 それに、少し散歩でもすれば、そのうち眠くなるだろう。




 夜中の瀞霊廷を歩く。
 いつも見ている風景のはずなのに、なんだか初めて見る風景の様に感じる。
 普段何気なく歩いているこの道も、少し意識するだけで、ここまで雰囲気が変わるものなのか、と雪夜は驚いた。
 夜空を見上げ、目を閉じる。

「――――」

 満月を見ながら浴びる夜風が心地良い。
 そんなことを思った、その時だった。

「何をしている」

「――――え?」

 背後から、突然人の声がした。
 さっきまで誰もいなかったはずなのに……。
 雪夜は恐る恐る振り返る。
 するとそこには、見慣れた1人の男性の姿があった。

「朽木隊長?」

 朽木白哉。
 四大貴族、朽木家の現当主であり、護廷十三隊六番隊隊長でもある男。
 そして、雪夜の幼馴染であり同僚の朽木ルキアの義理の兄でもある。

「朽木隊長も散歩ですか?」

 雪夜は一度頭を下げてから、白哉に聞いた。
 業務終了後とはいえ、隊長と平隊士の関係だ。
 頭を下げるのは礼儀である。

「あぁ、今日は月が良く見えるからな」

 白哉は夜空に浮かぶ満月を見ながら答えた。
 雪夜も白夜から満月に視線を移し、そうですね、と言った。
 静寂。
 もともとあまり喋る方ではない白哉が相手だ。
 雪夜も自然と黙ってしまう。

「――――雪夜」

 ふと、白哉が雪夜に声を掛けた。
 雪夜は満月から白哉へと視線を移す。

「ルキアは……よくやっているか?」

 雪夜は思わず目を大きく開いた。
 普段ルキアのことなど何とも思っていなさそうな白哉が、ルキアの様子を聞いてきたのだ。
 雪夜は満月を見上げ、答える。

「元気にやってますよ。それに、いつもいろいろと助けてもらってます」

「…………そうか」

 不器用な人だ。
 雪夜は内心そう思って、思わず笑みを浮かべた。
 そして、普段は何とも思っていなさそうだが、実はちゃんとルキアのことを心配しているということが分かり、安心した。

「…………」

「…………」

 再び静寂が訪れる。
 このあと2人は、何も話すことなく、しばらく満天の夜空に浮かぶ満月を眺めていた。