Calm daily life





 ― 残業 ―

「…………」

 十三番隊隊舎の詰所。
 葵雪夜は今日終わらなかった仕事を明日に持ち込むまいと、必死になって残業中だった。
 目の前に未だ山積みになっている書類の山が恨めしい。
 ぶっちゃけてしまうと、雪夜自身の仕事は当に終わっていたりする。
 なら何故まだ仕事が残っているのか?
 それは、今から数時間前に遡る。




「テメェが邪魔するから仕事が終わらなかったんじゃねーか!!」

「何人の所為にしてるのよ!! あんたが邪魔するから仕事が終わらなかったんじゃない!!」

 そろそろ終業の時間帯。
 そんな中、十三番隊三席の小椿仙太郎と、同じく三席の虎徹清音は、醜い争いをしていた。
 書類の山をどちらがやるかという、仕事の取り合いから始まった、言い争いである。
 自ら率先して仕事をするということは大変素晴らしいことではあるが、仕事の取り合いで仕事が進まないのはいただけない。
 結局言い争いばかりで仕事は手付かずのまま、終業時間を迎えてしまったのだ。
 そんなところに、

「……何を、やってるんですか?」

 仕事を終わらせ自室に戻ろうとしていた雪夜が、呆れた顔をしながら通りかかった。

「お、葵!! 実はこいつが邪魔をして仕事が――――!!」

「何言ってんのよ!! 違うのよ葵!! こいつが邪魔をして仕事が――――!!」

「…………」

 正直そんなことはどうでもいい。
 雪夜は2人から事情を聞き、このままではいつになっても仕事が終わらなさそうだったので、今度昼飯を奢るというのを条件に、仕事を引き受けたのだった。
 今思うと、あのまま言い争いをさせていた方が良かったかもしれない。




 ぎゅるるるるる〜、と可愛らしい音が詰所に響いた。
 雪夜の腹の音である。
 腹が減っては戦は出来ぬ、という諺が現世にあるらしいが、まさに今がその時だと雪夜は思った。
 あまりにも腹が減りすぎていて、仕事に集中できない。
 休憩がてらに外に食べに行っても、軽く食事をすませられる店など、もう開いてはいないだろう。

「はぁ……」

 雪夜は溜息を吐き、机に突っ伏した。
 あぁ、もう嫌だ……。
 早く部屋に戻りたい……。




「何をやっているんだ? 雪夜」

 しばらく空腹を我慢しながら仕事をしていると、朽木ルキアがひょっこりと詰所に現れた。

「残業だよ。小椿、虎徹両三席のね……」

 雪夜が涙を流しながら言うと、ルキアは哀れみの視線を向けながら、そ、そうか……、と言った。
 あぁ、そんな目で僕を見ないでほしい……。
 雪夜が流す涙が増加する。

「ルキアはどうしたの? 僕が言うのもなんだけど、終業時間は過ぎてるよ」

「いや、私は忘れ物を取りに来ただけだ。そしたらまだ、明かりがついていたからな」

 ルキアはそう言って、雪夜の隣の席に腰を下ろした。
 そして、未だ雪夜の目の前にある書類の山を見て、う……、と言葉を詰まらせた。
 これはさすがに多すぎる。
 そう思ったルキアは、

「手伝う」

 と言って、自分が座っている席の机に、書類の山を半分移した。

「いや、悪いよ……」

「気にするな。それに、お前に体を壊される方が困る」

「――――え?」

「い、いや、何でもない!! ほら、手伝ってやるんだ、さっさと終わらせるぞ!!」

「うん!!」




 十三番隊隊舎の詰所に、珍しい人物がいた。
 十三番隊隊長、浮竹十四郎である。
 基本、病で雨乾堂に臥せている浮竹であるが、今日は調子が良いらしく、仕事部屋に顔を出していた。
 そんな浮竹が隊舎に来て最初に目にしたのは、

「う……もう鯛焼きはいらないよ……恋次……」

「駄目です義兄様……チャッピーは私の物……」

 机に突っ伏しながら、よく分からない寝言を呟きながら熟睡している、雪夜とルキアの姿だった。
 浮竹はどうして2人が隊舎で寝ているのか不思議に思ったが、2人が突っ伏している机に積み上げられた書類の山を見て納得する。

「ちゃんと布団で寝ないと風邪を引くぞ」

 浮竹は苦笑しながらそう呟き、羽織っている隊首羽織を脱いだ。
 そして、2人を起こさないように近づき、そっと羽織を掛けてやる。
 体格の小さな二人は、浮竹の隊首羽織にすっぽりと包まれた。

「うぅ……羽織を脱いだら一気に寒くなってきたな……」

 寒い寒い、と言いながら、浮竹は詰所を出て行った。
 残された2人は、浮竹の暖かな羽織に包まれながら眠り続ける。