Calm daily life





 ― 鯛焼き ―

 部屋の障子を開けると、そこは行き止まりだった。
 いや、違う。
 こんな所に壁などない。
 少し離れて、その壁を見る。
 それは壁などではなく、大量に積まれた鯛焼きだった。

「…………」

 障子を開けたのがいけなかったのか、鯛焼きの壁がぐらりとこちらに傾いた。
 そして雪崩のように、一気に崩れてくる。

「あ……あぁ……ああああああああああああああああああああ!!」




「ああああああああああああああああああああ!!」

 叫び声を上げながら、護廷十三隊、十三番隊平隊士、葵雪夜は目を覚ました。
 布団を跳ね除けて体を起こし、肩で大きく息をする。
 何滴かの大粒の汗が頬を伝い、ぽたりと布団に落ちた。

「何だ……今の……」

 雪夜はぽつりと呟く。
 よく分からない、夢を見た。
 誰の部屋かは覚えていないが、部屋の障子を開けると、そこには壁のように積まれた大量の鯛焼きが。
 そして、その大量の鯛焼きが自分の方に雪崩のように崩れてくるという、本当によく分からない夢だった。
 何でそんな夢を見たのだろうか?
 雪夜は考えてみたが、まったく分からなかった。
 壁に掛けられた時計を見ると、そろそろ起きなければいけない時間だった。
 とりあえず起きることにしよう。
 雪夜は布団から抜け出し、部屋を出た。




 午前中の仕事を終わらせた雪夜は、昼食を食べようと隊舎を出た。
 今日は何だかうどんが食べたい気分だ。
 というわけで、雪夜はうどん屋を目指している。
 その最中に、

「おーーーーい、雪夜!!」

 後ろから声を掛けられた。
 振り向かなくても誰の声かは分かるのだが、ここで振り向かないと、シカトするなよ、なんて言われそうなので、一応振り向いておく。
 赤く長い髪を後ろで縛り、額に手拭いを巻いた男が、手を振りながら走って来る。
 阿散井恋次。
 護廷十三隊の六番隊副隊長であり、雪夜の幼馴染の男である。

「やぁ、恋次」

 雪夜は軽く手を上げて挨拶をする。

「オッス。これから昼飯か?」

「うん、そうだけど。恋次も一緒に行く?」

「お、いいか? だったらよ、鯛焼き食いに行こうぜ!! 鯛焼き!!」

 満面の笑みを浮かべながら言う恋次に対し、雪夜ぴたりと固まった。
 何故、何故昼食に鯛焼きなのか。
 あれは昼食というよりも、3時のおやつ的食べ物ではないのか。
 雪夜は固まりながらも、心の中でツッコミを入れた。
 それはもう、何十回も。
 更に、雪夜はあることを思い出していた。
 それは、朝見た例の鯛焼きの夢である。
 何だろう、非常に嫌な予感がする。

「よーーーーし、鯛焼き食いに行くぞ!!」

「え、ちょ、僕はまだ食べるなんて言って…………話を聞いてーーーーーーーーーー!!」

 鼻歌を歌う恋次に腕を掴まれながら、雪夜は和菓子屋へと連行されていった。




「鯛焼きお待ちどう様」

 そう言いながらやって来た老婆の手には、鯛焼きが50個載った大きな皿があった。
 待ってましたーーーー!! と子供のように喜ぶ恋次に対し、雪夜はあまりの鯛焼きの量に汗をびっしょりとかいていた。
 ヤバイ、これはヤバイ。
 雪夜の中の何かが警告を発する。

「今日は付き合ってもらったしな、俺の奢りだ。俺は30個食うけど、お前は20個あれば十分だろ?」

 正直、20個もいりません。
 心の中でツッコミをいれるが、残念ながら声に出して言うことは出来なかった。
 しかし、せっかくの奢りである。
 3個程食べて、残り5個くらいを包んでもらおう。
 あとは恋次に食べさせればいい。
 そう思い、雪夜は鯛焼きを食べ始める。
 さすが焼きたて。
 香ばしい皮と、ふっくらとした餡子が美味しかった。




「おい、もう食わないのか?」

 3個目をたいらげ、のんびりとお茶を飲んでいると、恋次が話しかけてきた。
 恋次の取り分の皿を見てみると、既に残り10個程になっていた。
 早いよお前。
 雪夜は白い目で恋次を見た。

「僕はもともとあまり食べないからさ。残り何個かは包んでもらって、あとは恋次、食べてもいいよ」

 雪夜は、もうお腹いっぱいです、と腹を何度か叩きながら言った。
 こう言えば恋次も何も言えまい。
 そう思った。
 そう、思ってしまった。
 だが現実は、

「駄目だぞ雪夜。お前、俺より小さいんだからよ、ちゃんと食え」

 そう言って、恋次は鯛焼きを1つ手に取ると、強引に雪夜の口へと押し込んだ。

「モガッ!!」

 まさかの展開に、雪夜はこれでもかというくらいに目を大きく見開く。
 このままでは窒息死してしまう。
 そうならないようにするには鯛焼きを食べなければならないわけで、

「ング……恋次何を――――」

「はい、次」

「モガッ!!」

 再び強引に押し込まれる鯛焼き。
 まさか、食べ終える度に押し込まれるのか!?
 雪夜は斬魄刀で恋次をたた斬ってやろうかと考えるが、残念ながら斬魄刀は隊舎に置きっぱなしである。
 こうなったら、今口の中に入ってるのを飲みこんだ瞬間に、瞬歩で逃げるしかない。
 雪夜は恋次を見ながらタイミングを計り、鯛焼きを飲み込んだ。

「――――!!」

 今がチャン――――

「はい、次」

「モガッ!!」

 作戦は失敗に終わった。
 その後、何度も逃走を謀るが、その度に口に鯛焼きを押し込まれる。
 いったい、あれから何個食べたのだろうか?
 腹は膨れ、あんなに美味しかった餡子が、今では物凄く不味く感じる。
 遠のいていく意識。

「はい、次」

 更に押し込まれた鯛焼きを最後に、雪夜は意識を失った――――




「――――あ」

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
 何処だ此処、と体を起こそうとした瞬間、

「あ、目が覚めました?」

 ぬぅ、と目の前に少年の顔が飛び出してきた。
 どこかで見たことがある顔。
 確か、四番隊の山田太郎……いや、花太郎だったか。
 突然の顔に雪夜は驚きはしたものの、あまりの気持ち悪さに声は出なかった。
 というか、声は出せなかった。

「四番……隊……?」

「はい、四番隊ですよ。六番隊の阿散井副隊長が運んできてくれたんです。駄目ですよ、鯛焼きの食べ過ぎなんて」

「――――」

 ブチン、と雪夜の中で何かが切れた。
 無理やり食べさせたのは誰だと思っている。

「ふふふ……ははは……ははははは!! そうか、そんなに僕を怒らせたいのか!! 恋次!!」

 雪夜は吼えた。
 霊力全開で、それはもう吼えた。
 雪夜の突然の豹変にガタガタと震える花太郎を残し、雪夜はフラフラと四番隊を出て行くのであった。

 その後、六番隊隊舎から男の悲鳴が響き渡ったらしいが、それはまた別の話――――