狂人を崇める少年





 ― 1 ―

 心地の良い風が吹く青い空の下。
 エルク=リオーネットは公園の芝生に寝転がり、ただボーッと流れる雲を眺めていた。
 かれこれ2時間この状態でいる。
 時々大きな欠伸をするが、決して眠ることは無い。

「ふぁあ〜…………」

 またしても大きな欠伸。
 いったい2時間のあいだに何回したのか、エルクにも分からない。

「…………さってと」

 言って、エルクは足を高く上げ、一気に振り下ろし、その反動で体を起こす。

「ん〜〜〜〜〜!!」

 大きく伸びをして、何度か目を擦ってから立ち上がった。
 周りを見渡すと、2時間前よりも人がかなり増えている。
 ベンチで本を読んでいる人。
 犬の散歩をしている人。
 手を繋いで歩いているカップル。
 そして、

「――――」

 エルクの視線が、ある方向で止まった。
 小さな男の子が男性と女性と手を繋いで歩いている。
 家族なのだろう。
 その家族を見つめるエルクの瞳は、どこか寂しげなものだった。

「あ〜〜〜〜〜!! 駄目だ駄目だ!!」

 エルクは何度か頭を横に振り、家族が歩いている方向とは逆の方向へと歩いていく。
 気が付くと、周りには家族連れが非常に多い。
 エルクの歩く速度が上がる。
 いつしか周りを見ないように目を瞑って走っていた。
 しかし、目を瞑っていて安全に走ることなど出来るはずも無く、

「わっ!!」

「きゃっ!!」

 エルクは誰かにあたってしまった。
 声からして、あたってしまったのは女性だろう。
 エルクは目を開き、すぐに確認する。

「…………っ」

 そこには、少女が1人、尻餅を付いていた。
 黒いドレスのような服を着た、金髪の少女だ。
 見た感じ、年は12、13歳、エルクと同い年くらいだろうか?
 そんな感じで少女を観察していたエルクだったが、ハッと我に返り、少女へと手を差し伸べる。

「ごめん、大丈夫?」

「え……あ、うん」

 少女がエルクの手を取り、立ち上がる。
 身長はエルクよりも少し小さかった。

「ごめん、ちょっと目を瞑ってどれだけ人にあたらないで走れるかっていう挑戦をしてて」

 実にくだらない嘘だった。
 というか、それをもし信じられてしまったら大変なことになることを、エルクは気付いていない。
 しかし、

「ううん、私も少し考え事をしてたから」

 少女は一切そのことに触れることは無かった。

「怪我は無い?」

 エルクがそう言うと、少女は全身を確認し、大丈夫、と答える。

「でも、本当にごめんね」

「ううん、気にしないで」

 それじゃあ、と言って、少女が歩いていく。
 そんな少女の後姿を見てエルクは、

(可愛い子だったな…………)

 なんて思うのだった。




 公園を出たエルクは、つい癖で路地裏へと入っていった。
 昔過ごした環境の所為か、人通りのあるところよりも路地裏の方が落ち着く。
 それに、エルクには忘れることの出来ない思い出が、路地裏にはあるのだ。

「そろそろ革命の日だな。クリードの所に行かな――――」

「よう、兄ちゃん」

 行かないと。
 そう続けようとした瞬間、何者かの声がそれを遮った。
 振り返ると、そこには薄汚い服を着た3人の男がいた。
 ここら辺を行動範囲にしている浮浪者だ。

「おいおい、いい服着てるじゃないかよ」

「おじさん達その服欲しいんだけどさ〜」

「あと金もね〜」

 それぞれ言いながらエルクへと近付いていく。
 エルクは近付いてくる浮浪者を見る目を細め、

「薄汚いゴミ共が。すぐにこの場から失せろ」

「!! おいおい、ガキだからって容赦はしないぞ!!」

「痛い思いをしたくなかったら、服と有り金全部出しな!!」

「そんでもって家に帰って母ちゃんのオッパイでも吸ってるんだ――――」

 男が最後まで言う前に、周囲が一瞬白く光った。
 そして次の瞬間、男は全身黒焦げになってその場に倒れた。

「――――え?」

「な、何が起きた?」

 男達に動揺が走る。

「――――気が変わった。ここで死んでいけ」

 何の感情もこもっていない声で、エルクが言う。
 右手を男達に向け、中指で親指を弾き、指を鳴らす。
 瞬間、辺りが白く光り、白き稲妻が男達へと向かっていく。
 そして、

「「ガァッ!!」」

 男達は先程の男同様、黒焦げになってその場に倒れた。

「おとなしく失せればよかったのに」

 エルクは振り返り、路地裏の奥へと歩いていった。
 風が吹く。
 黒焦げになった男達は、黒い塵となり、風に飛ばされていった――――