狂人を崇める少年





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 ――――この世界は腐っている。

 土砂降りの雨が降る中、少年は1人、傘も差さずに歩いていた。
 体中には無数の傷跡。
 また、その一部は新しいもので、体の所々から血が流れていた。

 ――――この世界は腐っている。

 擦れ違う人々が少年を見て振り返る。
 傷だらけの少年が傘も差さずに歩いているのだ。
 振り返らないという方が珍しいか。
 しかし、誰も少年に声を掛けたりはしない。
 皆知っているのだ。

 少年が母親と、その母親の“客”に虐待を受けていることを。

 関わったら何が起きるか分からない。
 人は誰もが、自分のことが可愛いのだ。
 誰も助けてくれない地獄の世界。
 少年にとって、世界とはそういうものだった。

 ――――この世界は腐っている。

 少年は大通りから裏路地へと入っていく。
 人目を気にせず、雨宿りが出来る、何の脅威も無い安息の場所。
 いつも誰もいないこの場所。
 しかし、この日は先客がいた。
 銀色の髪の、混沌とした瞳を持つ男だった。

「――――この世界は、腐っていると思わないかい?」

 少年に気付いた男が、混沌とした瞳に少年を映し、言った。
 その言葉に、男と同じような少年の混沌とした瞳が大きく見開かれる。
 自分が思っていたことと同じことを、男が口にしたからだ。

「君、僕と似た目をしているね」

 そう言いながら男は少年へと近付き、目の前で止まった。
 着ているコートを脱ぎ、少年へと被せる。

「もし、こんな腐りきった世界から抜け出したいと思うなら――――」

 男は優しく微笑みながら、少年へと告げる。

「僕と一緒に、来ないかい?」

 これは、少年にとっての物語が始まる瞬間だった――――