ある日の日常


『世話焼きって言われないか?』
 ここに来て一日目に言われた言葉を思い出す。確かに私にはなにかと世話を焼く癖がある。でも……。
「あんたも十分世話焼きよね」
 そう言ってその世話焼き第二号を見る。いや、私の方が後から来たのだからここでは私が第二号なのかもしれない。まぁ、そんなことはどうでもよくて。
 彼、ライル=エルウッドは驚いた様子で私を見た。何を言われたか判っていないみたい。自覚もないのかしら。
 私はこっそり溜息を吐いた。
「俺が? 世話焼き?」
 あまりにその顔が面白かったから、つい吹き出してしまった。彼は憤然と言った様子でこちらをジト目で見ている。
「言われたことないの?」
「以前ガルシアに『ツッコミ型』と評されたことはあるが」
「なにそれ」
 私は濃いパープルの髪を玩んだ。
 穏やかに流れる時、こういう時間が私は好き。柔らかな気持ちになってくるから。ライルの言う日本情緒ってこういうことなのかしら。
 爽やかな風が吹く。出窓にかけてある風鈴が音を立てた。
「あぁ〜、平和ねぇ」
 そう言って伸びをする。腕の関節が音を立てた。気持ちいい。
 ただ、その平和な時はすぐに崩壊したのよね。
「ライルライルライルー!」
 盛大な足音を立て、二階から薙刃が駆け下りてきた。桜色の髪が見えるもうすぐ元気一杯の瞳が扉から覗くはず。……と、大きな音がした。瞳はいっこうに現れない。代わりに聞こえる呻き声。
 私の頭の中に、ひとつの考えが浮かんだ。ライルも同じ考えに至ったらしく、顔面蒼白で声の方を見ている。
「もしかして…」
「落ちたのか!!?」
 2人して階段の下に走ると、そこには尻餅をついて涙目になっている彼女がいた。



 そこからライルの行動は素早かった。敷寝の準備、水と氷、医者を呼ぶ等私の思いつくことは全て指示を出し的確に配役分担をした。ついでに言うと、その間彼は叫びっ放し。あれはあーだのこれはこーだの。そりゃ、私も負けないくらい叫んだけど。全てが終わったとき、鎮紅がお茶を持ってきた。これもライルの指示。
「だからあれ程廊下は走るなっていっただろ!」
 そう言いつつ鎮紅からお茶を受け取り薙刃に渡す。もちろんお茶菓子も忘れない。
「う〜、だって〜」
「だってじゃない!」
 段々ライルがオカンみたいに見えてきたな。割烹着をきて箒を持っている姿を想像してみる。……似合うかもしれない。
「悲しすぎる……」
「どうしたんですか? マリエッタさん」
 私より数歳下の少女・リタ=レーンが煎餅の袋を開けながら聞いてきた。私は乾いた音を立てて菓子を割り、口へ運ぶ。ふむ、醤油煎餅ね。甘いものが欲しかったんだけど。
「でもよかったですね。ただの打ち身で」
「ま、ね。コラ、そこの過保護! いい加減にしときなさい」
 声をかけると、ライトブルーの目がこちらを向く。彼が口を開く前に私は言葉を投げた。
「済んだことをあれこれ言っても仕方ないでしょ。薙刃も痛い目に遭ったんだし、少しは反省するでしょ」
「仕方ないじゃん! 急いでたんだもん」
 薙刃が口を挟む。全然反省してないみたい。まったく。
「家の中なんて走ろうが歩こうが大して時間変わりゃしないわよ。自業自得で怒らないの」
 両方とも不満があるみたいだけど、ここでごねても仕方ないと判っているのかそのまま口を閉じた。
「で、薙刃さんは何を急いでいたんですか?」
 リタの言葉を聞くと、薙刃の顔は見る見るうちに青ざめていった。
「あー!!! 忘れてた! 今日甘味処で季節限定水羊羹の発売日だったのに!」
 頭を抱えて悩むほどの内容でもないでしょうが。
「ライル〜、買ってきて〜」
 懇願といった様子でライルに泣付く。ライルは「ダメだ」の一言で動かない。2人とも頑固だから、こうなったら梃子でも動かないのよね。
「仕方ないわね、私が買ってくるわ」
 私が立ち上がるとブーイングと歓声と感想が一度に鼓膜に突き刺さった。
「何考えてんだマリエッタ! 甘やかしたらダメだ!」
「ホント! じゃぁついでにお饅頭も!」
「私のも……」
「あら、じゃあ羊羹も欲しいわね」
「マリエッタさん、もう夕方ですよ」
「マリエッタさんも甘党だったんですね」
「マリエッタも庶民的な思考だったんだね」
 いっぺんに言うんじゃない、いっぺんに! 因みに最初から順にライル、薙刃、迅伐、鎮紅、リタ、アルド、ジル、ね。
「ライル! 甘やかしてんじゃなくて私が甘いもの食べたいだけ、さっきの煎餅で口の中塩辛いし。薙刃! 治ったら自分で買いに行きなさい、私はパシリじゃない。迅伐! ちゃんと人数分買うから安心しなさい。鎮紅! これから買いに行くのは水羊羹よ、羊羹買ってどうするの。リタ! 夏だからまだ日は落ちないとおもうわよ。アルド! 疲れてるから甘いものが食べたいだけ、特に好きでも嫌いでもない。ジル! 私はもともと庶民よ」
 高速で捲くし立て、私は部屋を出た。 ああ、疲れた。



 遠くの山に少しだけ朱味がさしている。太陽が西へ傾いて、一日の終わりを告げようとしている。あれほど暑かった空気も、少しだけ優しくなっている。
「今日も一日、賑やかだったわね」
 そんな日常。いつも事件が絶えなくて、小さなことに一喜一憂しながら毎日を私は過ごしている。日本に来てまだそんなに経ってないけど、私はこの生活がとても大切なものになっていた。皆に対する想いも日に日に大きくなっているのを感じる。
 道を歩きながら、私は彼らの顔を思い浮かべる。
 薙刃は当分歩けないわね。
 そんなたいした怪我じゃなかったけど、どうしようもなく心配になる。
『世話焼きって言われないか?』
 それは、ライル、世話が焼きたいってことよ。放っておけないから。危なっかしくて、見ていられなくて、それでも傍にいたい。傍にいて欲しい。だって…。

――「家族」なんだから。

終わり